国内外の動向

世界中で多くの学術団体及び専門職集団が,SDHについての報告や健康格差の縮小への勧告を出している.WHOは健康格差を縮小する社会環境の整備を提言し,医師をはじめ医療従事者・関係団体にSDHを意識した診療・支援を行うことを提言している ▼ 引用文献
CSDH(2008). Closing the gap in a generation: health equity through action on the social determinants of health. Final report of the commission on social determinants of health. Geneva: World Health Organization, 2008 [not revised; cited 29 Dec 2017]. Availablefrom: http://who.int/social_determinants/thecommission/finalreport/en/
.英国やカナダの学術団体は,医療専門職が健康格差に立ち向かうことができることを声明文や行動指針として記している ▼ 引用文献
Cottam B, Chandaria K. How doctors can close the gap. London: Royal College of Physicians; Jun 2010. [not revised; cited 29 Dec 2017]. Availablefrom: https://www.rcplondon.ac.uk/file/2586/download?token=5ihvuF43
▼ 引用文献
The college of family physicians of Canada. Best Advice Guide: Social Determinants Of Health. Ontario: The college of family physicians of Canada; Mar 2015. [not revised; cited 29 Dec 2017]. Availablefrom: http://patientsmedicalhome.ca/resources/best-advice-guide-social-determinants-health/
.世界医師会は,すべての医師は,健康格差の重要性を認識し,患者や家族がさらされているSDHを特定し,すべての人々が,地理的,社会・年齢・性別・宗教・人種,経済状況,性的指向に関わらず,必要な保健医療サービスを公平に受けることができるように,アドボケートすることを求める声明を出している ▼ 引用文献
World medical association. WMA statement on inequalities in health. New Delhi: World medical association; Oct 2009. [not revised; cited 29 Dec 2017] Availablefrom: https://www.wma.net/policies-post/wma-statement-on-inequalities-in-health/

アドボケート(advocate)・アドボカシー(advocacy)
その人自身が持っている権利を何らかの理由で行使できない状況にある人に代わって,その権利を代弁・擁護し権利の実現を支援する行為・またはその行為者をアドボケート(advocate)と呼ぶ.また,その権利を代弁・擁護し支援する機能をアドボカシー(advocacy)と呼ぶ.

これらの声明の多くが,特に,子どもの生育環境の整備を重視している.子どもの貧困や社会的に困難な状況は,幼少期の健康格差にとどまらず,ライフコースにわたる身体の発育及び成長に悪影響を与えると指摘している ▼ 引用文献
AAP COUNCIL ON COMMUNITY PEDIATRICS. Poverty and Child Health in the United States. Pediatrics. 2016; 137(4):e20160339
.アメリカ小児科学会は,子どもの社会経済格差を縮小するような経済政策・適切な栄養および安全な食の提供・安全で購入可能な住宅の提供・両親の就業支援・質の高い公的教育を健康格差縮小のための方法として挙げている ▼ 引用文献
MCAAP. Statement on the Chapter’s Role in Combating Poverty. MA: MCAAP; 2016. [not revised; cited 29 Dec 2017]. Availablefrom: https://www.aap.org/en-us/advocacy-and-policy/state-advocacy/Documents/Forum%20Winter%202016%20MCAAP%20Poverty%20Statement.pdf

日本でも,健康格差の認識と対応を求める動きが活発になってきている.厚生労働省は健康日本21(第二次)の中で,社会環境整備を通じた健康格差の縮小を目標に掲げている ▼ 引用文献
厚生労働省.健康日本21(第2次)の推進に関する参考資料.平成24年7月 厚生科学審議会地域保健健康増進栄養部会 次期国民健康づくり運動プラン策定専門委員会.東京:厚生労働省.[not revised; cited 29 Dec 2017]. Availablefrom: http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/dl/kenkounippon21_02.pdf
.日本学術会議は保健医療福祉政策・活動における健康格差の視点の欠如を主張している ▼ 引用文献
日本学術会議. 提言 わが国の健康の社会格差の現状理解とその改善に向けて.東京:日本学術会議;Sep 2011. [not revised; cited 29 Dec 2017] Availablefrom: http://www.scj.go.jp/ja//info/kohyo/pdf/kohyo-21-t133-7.pdf
.近年,健康に保護的な環境要因についての研究 ▼ 引用文献
Ehsan AM, De Silva MJ. Social capital and common mental disorder: a systematic review. J Epidemiol Community Health. 2015;69(10):1021–8.
▼ 引用文献
Aida J, Kondo K, Hirai H, et al. Assessing the association between all-cause mortality and multiple aspects of individual social capital among the older Japanese. BMC Public Health. BioMed Central; 2011 Jun 25;11:499.
が進んでいるが,具体的な対策に向けた動きは未だ活発とは言えず,上流要因へのアプローチにつながる政策立案が必要である.既存の枠の中での格差対策も有用であろう.地域包括ケアシステムの議論の中でも,健康格差の視点を取り入れ,医療介護従事者および行政関係者が健康格差に取り組むことが有用であろう.このような今後の政策的な取り組みとともに,すでに健康格差のただ中にある人達への臨床現場での取り組みも不可欠である.

健康格差への対応の方法

WHOはSDHへの対応として,1)生活環境の改善,2)不公正な資源分配の是正とそのための組織連携,3)健康格差の測定とそれに対するあらゆる取り組みや政策の影響評価,という3つを推奨している ▼ 引用文献
CSDH(2008). Closing the gap in a generation: health equity through action on the social determinants of health. Final report of the commission on social determinants of health. Geneva: World Health Organization, 2008 [not revised; cited 29 Dec 2017]. Availablefrom: http://who.int/social_determinants/thecommission/finalreport/en/
.このWHOの推奨事項を踏まえ,公益財団法人医療科学研究所が「健康格差対策の7原則」を2015年に提案している(図5) ▼ 引用文献
公益財団法人医療科学研究所.健康格差対策の7原則Ver. 1.1.東京:公益財団法人医療科学研究所;3 Aug 2017 [not revised; cited 29 Dec 2017]. Availablefrom: http://www.iken.org/project/sdh/pdf/17SDHpj_ver1_1_20170803.pdf
.その内容は以下の通りである.

第1原則:健康格差を縮小するための理念・情報・課題の共有(課題共有)
第2原則:貧困層など社会的に不利な人々ほど配慮を強めつつ,すべての人を対象にした普遍的な取り組み(配慮ある普遍的対策)
第3原則:胎児期からの生涯にわたる経験と世代に応じた対策(ライフコース)
第4原則:長・中・短期の目標(ゴール)設定と根拠に基づくマネジメント(PDCA)
第5原則:国・地方自治体・コミュニティなどそれぞれの特性と関係の変化を理解した重層的な対策(重層的対策)
第6原則:住民やNPO,企業,行政各部門など多様な担い手をつなげる(縦割りを超える)
第7原則:まちづくりをめざす 健康以外の他部門との協働(コミュニティづくり)

図5:健康格差を縮小するための3つの段階.「健康格差対策の7原則」
公益財団法人医療科学研究所「健康の社会的決定要因(SDH)」プロジェクト ▼ 引用文献
公益財団法人医療科学研究所.健康格差対策の7原則Ver. 1.1.東京:公益財団法人医療科学研究所;3 Aug 2017 [not revised; cited 29 Dec 2017]. Availablefrom: http://www.iken.org/project/sdh/pdf/17SDHpj_ver1_1_20170803.pdf
図5:健康格差を縮小するための3つの段階.「健康格差対策の7原則」公益財団法人医療科学研究所「健康の社会的決定要因(SDH)」プロジェクト

上記「7原則」を踏まえ,近藤は著書『健康格差社会への処方箋』のなかで,地域における幅広い連携を基に,地域環境を整え,誰もが社会的なつながりを維持できる環境づくりを進めることにより,「住んでいるだけで健康を維持できる環境づくり」の重要性を指摘している ▼ 引用文献
近藤克則.健康格差社会への処方箋: 医学書院; 2017.
.前述のように,健康状態は社会経済状況による勾配を持ち,健康格差は特定の社会的に不利な人々だけの問題ではないため,社会的に不利な人々への配慮を強めながらも,基本的には,すべての人々を包摂する,普遍的な対策であることが求められる.また,健康格差の客観的な把握を進め,社会環境の改善にかかわる多様な人々や組織との課題共有を進め,戦略的にマネジメントしていく必要がある.さらに,格差の問題は政治やメディアの感情的な報道の影響を受けやすいため,我々専門職は,客観的なデータに基づく科学的な議論に基づく活動とすべきである.

図6:Adlerらは電子カルテにSDHの項目を取り入れることを推奨している.文献42)より引用改
図6:Adlerらは電子カルテにSDHの項目を取り
入れることを推奨している.文献 ▼ 引用文献
Adler NE, Stead WW. Patients in context--EHR capture of social and behavioral determinants of health. N Engl J Med. 2015 Feb 19;372(8):698-701. doi: 10.1056/NEJMp1413945.
より引用改

健康格差に対する臨床現場での取り組みとして「社会的処方」が注目されている.社会的処方とは,医師が,医療と地域社会で活動する行政機関やサービス事業者,福祉系のNPOといった多様な組織との連携を進め,患者の社会的なリスクに対して地域全体で対応することで,ケアの質の向上と患者の健康アウトカムの改善を達成するものである.社会的処方は,国民保健サービス制度の一環として英国で導入されている ▼ 引用文献
Bickerdike L, Booth A, Wilson PM, et al. Social prescribing: less rhetoric and more reality. A systematic review of the evidence. BMJ Open. 2017 Apr 7; 7(4):e013384. doi: 10.1136/bmjopen-2016-013384
.社会的処方を進めるためには,医師は,個人の社会背景を評価する必要がある.外来診療や入院治療の場では,貧困や孤立を把握する取り組みが進められべきである.カナダの聖ミカエル病院およびトロント大学が出版した「医師のためのベストアドバイス」では「貧困問診票」の活用が紹介されている ▼ 引用文献
The college of family physicians of Canada. Best Advice Guide: Social Determinants Of Health. Ontario: The college of family physicians of Canada; Mar 2015. [not revised; cited 29 Dec 2017]. Availablefrom: http://patientsmedicalhome.ca/resources/best-advice-guide-social-determinants-health/
.また,人種や教育などをはじめとするSDHを系統的に記録することも推奨されている ▼ 引用文献
Adler NE, Stead WW. Patients in context--EHR capture of social and behavioral determinants of health. N Engl J Med. 2015 Feb 19;372(8):698-701. doi: 10.1056/NEJMp1413945.
(図6).国内でも入院患者の社会的背景をルーチンで記録し,評価する取り組みがある ▼ 引用文献
福庭勲.HPHの選択と実践.民医連医療.2015;512:25-29

プライマリ・ケアの現場では,治療や健康づくりへの動機づけに困難を抱える人も多い.病気のケアや健康づくりに十分に関心を向けられない人々に対する行動科学的なアプローチの重要性も指摘されている.「健康に無関心な人にも効果的な戦略」として,「無意識に行動する」「ついやってしまう」「我慢できない」といった人の情緒的・経験則的な行動を否定せず,認知行動特性を活用した行動決定支援法を健康格差対策に応用することが現在議論されている.たとえば,行動経済学の「ナッジ」の概念や,ソーシャル・マーケティングの応用である ▼ 引用文献
近藤尚己.健康格差対策の進め方:医学書院;2016