本声明の目的

プライマリ・ケアの目的は,疾病の治療のみではなく,地域社会における安寧な生活の維持である ▼ 引用文献
WHO. Technical Series on Safer Primary Care. Geneva: World Health Organization, 2008 [not revised; cited 29 Dec 2017]. Availablefrom: http://www.who.int/patientsafety/topics/primary-care/technical_series/en/
.このことから,個人がおかれた社会環境の違いによる健康格差への対応は,本学会が最も重視すべき課題の一つである.そこで,健康格差に対する日本プライマリ・ケア連合学会の見解を声明として示すこととした.

図1:健康に影響を及ぼす多重レベルの要因
図1:健康に影響を及ぼす多重レベルの要因

健康格差とは,地域や社会経済状況の違いによる集団における健康状態の差と定義される ▼ 引用文献
厚生労働省.健康日本21(第2次)の推進に関する参考資料.平成24年7月 厚生科学審議会地域保健健康増進栄養部会 次期国民健康づくり運動プラン策定専門委員会.東京:厚生労働省.[not revised; cited 29 Dec 2017]. Availablefrom: http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/dl/kenkounippon21_02.pdf
.所得,学歴,仕事,居住地,性別,国籍,人種など様々な健康に影響を及ぼす社会的要因(健康の社会的決定要因:social determinants of health, SDH)により健康格差が生じる(図1).現在,世界では依然として国による平均寿命に約40歳の格差が存在する ▼ 引用文献
WHO. World Health Statistics 2016: Monitoring health for the SDGs. Geneva: World Health Organization, 2016. [not revised; cited 29 Dec 2017]. Availablefrom: http://www.who.int/gho/publications/world_health_statistics/2016/en/
.日本でも都道府県間で男女とも3歳弱の健康寿命の格差が存在することが示されている ▼ 引用文献
Nomura S, et al. Population health and regional variations of disease burden in Japan, 1990-2015: a systematic subnational analysis for the Global Burden of Disease Study 2015. Lancet. 2017 Sep 23;390(10101):1521-1538. doi: 10.1016/S0140-6736(17)31544-1. Epub 2017 Jul 19.
.このような格差の社会的な原因は個人の努力で容易に変えられるものではないため,健康格差の縮小は社会として取り組むべき課題といえる.世界保健機関(WHO)は,健康格差の定義について「単に差があるという価値中立的なものではなく,その格差を縮小・是正するべきという価値判断を含意する」としている ▼ 引用文献
CSDH(2008). Closing the gap in a generation: health equity through action on the social determinants of health. Final report of the commission on social determinants of health. Geneva: World Health Organization, 2008 [not revised; cited 29 Dec 2017]. Availablefrom: http://who.int/social_determinants/thecommission/finalreport/en/

近年,世界経済の不安定化や世帯構成の変化を背景に,日本では健康格差の拡大が懸念されている.社会保障制度の機能拡充が追い付かず,一人親世帯の相対的貧困割合が50%を超えるなど,対策が急がれている ▼ 引用文献
厚生労働省.子どもの貧困対策の推進に関する法律<平成25年法律第64号>(概要).東京:厚生労働省.[not revised; cited 29 Dec 2017] Availablefrom: http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/0000083805.pdf
.プライマリ・ケアの現場においても,経済的困窮などの社会的困難のために自ら受診を躊躇する事例や日々の生活の中でのストレスのために健康を損ない,治療を継続できずにいる事例は少なくない ▼ 引用文献
Funakoshi M, et al. Socioeconomic status and type 2 diabetes complications among young adult patients in Japan. PLoS One. 2017 Apr 24;12(4):e0176087. doi: 10.1371/journal.pone.0176087. eCollection 2017.
.しかし,そのような人の社会的背景を十分に踏まえたケアの提供は必ずしも行われていない.また,それらの人がどのような社会的困難を抱えているかを評価する標準的な方法は普及していない.制度上の支援策も十分とはいえず,既存の制度も十分に認知・活用されていない ▼ 引用文献
日本学術会議. 提言 わが国の健康の社会格差の現状理解とその改善に向けて.東京:日本学術会議;Sep 2011. [not revised; cited 29 Dec 2017] Availablefrom: http://www.scj.go.jp/ja//info/kohyo/pdf/kohyo-21-t133-7.pdf

本声明は,健康格差に対する日本プライマリ・ケア連合学会の公式の立場表明である.また,学会員に向けて,健康格差に関する行動指針を示すことを目的とする.SDHは,しばしば「川上」ないし「上流」(upstream)の要因として表現される ▼ 引用文献
McKinlay J. A case for refocusing upstream: The political economy of illness. In: Jaco EG (Ed), Patients, Physicians, and Illness: A Sourcebook in Behavioral Science and Health. New York, NY: Free Press, 1979;9-25.
.これは,医療機関に日々訪れる患者を,川に流され助けを求める人になぞらえたものである.川の上流には患者を生み出す「病気の工場」がある.それはすなわち,病気を生み出す社会の構造である.溺れる人々を救い続けても,川の上流に分け入り,その工場を閉鎖しない限り患者を減らすことはできない.本声明により,日本プライマリ・ケア連合学会が,その社会的責務として,公正な健康社会の実現に向けて川の上流に分け入り,健康格差の是正を進めることを宣言する.