健康格差の現状分析とその生成プロセス

健康格差の現状について

日本においても所得,学歴などの社会経済的状況や,雇用形態・職種といった労働環境によって,健康行動や健康状態が異なるという研究結果の蓄積が進み,個人の社会経済的状況と健康の関連は,「確固たる事実」であるとWHOは表明している ▼ 引用文献
WHO Centre for Urban Health. Social determinants of health. The solid facts [Internet]. 2nd ed. Wilkinson R, Marmot M, editors. Copenhagen: World Health Organization; 2003. [not revised; cited 29 Dec 2017]. Availablefrom: http://www.euro.who.int/en/publications/abstracts/social-determinants-of-health.-the-solid-facts
.例えば高齢者では所得が低いほど,その後の死亡や要介護認定を受けやすいことが明らかになっている ▼ 引用文献
近藤克則, 芦田登代, 平井寛, 他. 高齢者における 所得・教育年数別の死亡・要介護認定率とその性差―AGESプロジェクト縦断研究―. 医療と社会. 2012;22(1):19–30.

社会と健康の関連は平時の時に限らない.世界的に見ても自然災害の多い本邦においては今後も自然災害による健康被害が避けられない.災害や危機時には特定の集団が大きな被害を受けやすく,より困難な状況に陥り,健康への悪影響が生じることが知られている ▼ 引用文献
Collins TW, Jimenez AM, Grineski SE. Hispanic Health Disparities After a Flood Disaster: Results of a Population-Based Survey of Individuals Experiencing Home Site Damage in El Paso (Texas, USA). J Immigr Minor Heal. Springer US; 2013 Apr 21;15(2):415–26.
.自然災害だけではなく,経済危機等の社会的な危機時にも健康格差が拡大する ▼ 引用文献
Fukuda H, Nakao Y, Yahata Y, et al. Are health inequalities increasing in Japan? The trends of 1955 to 2000. Artic Biosci Trends. 2007;1(1):38–42.
.そのため,災害や危機時における体系だったSDHへの対応が求められる.

特筆すべきことは,リスクには「勾配」があるということである.つまり,最も社会階層の低い人だけにリスクが集積しているのではなく,すべての階層に属する人に影響がある ▼ 引用文献
厚生労働省. 平成26年国民健康・栄養調査報告.東京:厚生労働省.[not revised; cited 29 Dec 2017] Availablefrom: http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/eiyou/dl/h26-houkoku.pdf
▼ 引用文献
松田亮三,平井寛,近藤克則,他.「健康の不平等」研究会: 高齢者の保健行動と転倒歴: 社会経済的地位との相関. 公衆衛生, 69, 231-235, 2005.
(図2,3).時には,通常は社会的に高い階層と考えられる集団が危険にさらされる場合もある.例えば,本邦の研究として,経済危機後に管理職の自殺率が高まっている報告がある ▼ 引用文献
Wada K, Kondo N, Gilmour S, et al. Trends in cause specific mortality across occupations in Japanese men of working age during period of economic stagnation, 1980-2005: retrospective cohort study. BMJ. 2012 Mar 6;344:e1191. doi: 10.1136/bmj.e1191.
.社会的に不利な立場に置かれやすい人々に焦点を当てることも重要であるが,それだけでは不十分である.

図2:所得と野菜の摂取量の関係.
摂取量には勾配があり,所得が少ない人ほど
摂取量が少ない.文献14)より作成.
図2:所得と野菜の摂取量の関係.摂取量には勾配があり,所得が少ない人ほど摂取量が少ない.文献14)より作成.
図3:教育年数が少ないほど,検診未受診者の
割合が多い(スライド提供:近藤克則氏).
図3:教育年数が少ないほど,検診未受診者の割合が多い15)(スライド提供:近藤克則氏).

健康格差生成のプロセス

健康格差が生み出されるプロセスについては,胎児期から一生涯にわたる期間(ライフコース)の視点とSDHの上流の要因についての構造的な理解が必要である.

ライフコース

ライフコース
胎児期・幼少期・思春期・青年期およびその後の成人期や高齢期における物理的・社会的曝露による疾病のリスクを長期的に捉えるものである.

健康格差は,その人のライフコースにわたる要因の蓄積の結果として生じている ▼ 引用文献
近藤克則:ライフコースアプローチ 足が長いとガンで死ぬ?保健師ジャーナル62(11):946-952,2006
(図4).例えば,出生した家庭の社会経済的地位によって,子ども期に受けられる教育水準に差が生まれ,それが子ども期の生活習慣などの違い等を通じて成人期や高齢期の健康格差を生み出している.子ども期の生活水準の低さや逆境体験を経験することが,成人期の不健康な行動に関連することも明らかになっている ▼ 引用文献
Tsuboya T, Aida J, Kawachi I, et al. Early life-course socioeconomic position, adult work-related factors and oral health disparities: cross-sectional analysis of the J-SHINE study. BMJ Open. BMJ Publishing Group; 2014 Oct 3;4(10):e005701.
▼ 引用文献
Felitti VJ, Anda RF, Nordenberg D, et al. Relationship of childhood abuse and household dysfunction to many of the leading causes of death in adults. The Adverse Childhood Experiences (ACE) Study. Am J Prev Med. 1998 May;14(4):245–58.
.さらに子ども期の生活水準が低かった者では,成人期のうつ症状の新規発生が1.3倍多く ▼ 引用文献
Tani Y, Fujiwara T, Kondo N, et al. Childhood Socioeconomic Status and Onset of Depression among Japanese Older Adults: The JAGES Prospective Cohort Study. Am J Geriatr Psychiatry 2016, 24(9):717-726.
,子ども時代に虐待を受けた者では,高齢期の歯の数が少なく ▼ 引用文献
Matsuyama Y, Fujiwara T, Aida J, et al. Experience of childhood abuse and later number of remaining teeth in older Japanese: a life-course study from Japan Gerontological Evaluation Study project. Community Dent Oral Epidemiol 2016:n/a-n/a.
,大人になってからの幸福感や健康感が低いこと ▼ 引用文献
Oshio T, Umeda M, Kawakami N. Childhood Adversity and Adulthood Subjective Well-Being: Evidence from Japan. J Happiness Stud. Springer Netherlands; 2013 Jun 20;14(3):843–60.
などが明らかとなっている.

図4:それぞれのライフステージにおける環境が健康に影響を与える.
媒介要因には教育・職業・結婚などが含まれる.文献 ▼ 引用文献
川上憲人,橋本英樹,近藤尚己.社会と健康:東京大学出版会,2015
より引用改変
図4:それぞれのライフステージにおける環境が健康に影響を与える.媒介要因には教育・職業・結婚などが含まれる.

健康の社会的決定要因の構造的な理解

ジェンダー(gender)
生物学的・解剖学的な性別を英語ではsexという.一方,ジェンダーは,ある社会や文化において,特定の役割や相応しいと考えられている行動や考え方を伴って表現される性別を指す.自分の属する社会で,男らしいあるいは女らしい振る舞いや考え方が自分にとって当然のこととして感じられ行動するときに,その人の性(ジェンダー)の自己意識は男性または女性となる.そうした性自認をジェンダー・アイデンティティ(gender identity)という.

図1で示したように,人の健康には個人の要因だけでなく,社会的な要因も関連する.つまり,経済政策や社会政策,公共政策といったマクロな社会政治的背景や,社会階層,ジェンダー,ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)などが,個人の環境や行動を規定し,健康へ影響する ▼ 引用文献
WHO: A Conceptual Framework for Action on the Social Determinants of Health. Geneva: World Health Organization, 2016. [not revised; cited 29 Dec 2017]. Availablefrom: http://www.who.int/social_determinants/corner/SDHDP2.pdf?ua=1
.例えば仕事と健康の関連については,性別,管理職・非管理職,事務作業員・肉体労働者によって脳卒中の発症率がそれぞれ異なっている ▼ 引用文献
Tsutsumi A, Kayaba K, Ishikawa S. Impact of occupational stress on stroke across occupational classes and genders. Soc Sci Med. 2011 May;72(10):1652-8. doi: 10.1016/j.socscimed.2011.03.026. Epub 2011 Apr 5.
.非正規雇用者では心理的ストレスを感じる割合が高い ▼ 引用文献
Inoue A, Kawakami N, Tsuchiya M et al.. Association of Occupation, Employment Contract, and Company Size with Mental Health in a National Representative Sample of Employees in Japan. J Occup Heal. 2010;52:227–40.
.ジェンダーと健康については,日本の女性は家庭と仕事の葛藤が大きく,精神的健康が低く,他国に比べて男女差が大きいことがわかっている ▼ 引用文献
Chandola T, Martikainen P, Bartley M, et al. Does conflict between home and work explain the effect of multiple roles on mental health? A comparative study of Finland, Japan, and the UK. Int J Epidemiol. Oxford University Press; 2004 Jul 28;33(4):884–93.
.さらに性的マイノリティは不健康な行動をとる傾向が高いことや,精神的・身体的な健康状態が悪いことが知られている ▼ 引用文献
Gonzales G, Przedworski J, Henning-Smith C. Comparison of Health and Health Risk Factors Between Lesbian, Gay, and Bisexual Adults and Heterosexual Adults in the United States. JAMA Intern Med. American Medical Association; 2016 Sep 1;176(9):1344.
▼ 引用文献
Simoni JM, Smith L, Oost KM, et al. Disparities in Physical Health Conditions Among Lesbian and Bisexual Women: A Systematic Review of Population-Based Studies. J Homosex. NIH Public Access; 2017;64(1):32–44.
.ソーシャル・キャピタルはKawachiらによって「ネットワークやグループの一員である結果として個人がアクセスできる資源」と定義された社会関係の資源的側面を表す概念である ▼ 引用文献
Berkman LF, Kawachi I, Glymour MM. Social Epidemiology. Second Edi. Oxford University Press; 2014.
.ソーシャル・キャピタルが豊かな地域では,住民の精神疾患の有病割合や死亡率が低いことが示されている ▼ 引用文献
Ehsan AM, De Silva MJ. Social capital and common mental disorder: a systematic review. J Epidemiol Community Health. 2015;69(10):1021–8.
▼ 引用文献
Aida J, Kondo K, Hirai H, et al. Assessing the association between all-cause mortality and multiple aspects of individual social capital among the older Japanese. BMC Public Health. BioMed Central; 2011 Jun 25;11:499.
.またソーシャル・キャピタルが災害による健康被害を緩和する効果を持つ可能性も報告されている ▼ 引用文献
Aldrich DP, Sawada Y. The physical and social determinants of mortality in the 3.11 tsunami. Soc Sci Med. 2015 Jan;124:66–75.